5BA9BB79-66B3-46C7-BD47-7E7B36871C62

今日も、昨日とまったく変わりない朝日が昇る。ベッドで一晩、眠れない夜を過ごした私は、ポストから朝刊を取り出して、新鮮な空気をいっぱいに吸い込んだ。朝刊の一面の見出しは、今日もコロナウィルスの蔓延と、それによる経済や政治の話題ばかりだ。

コーヒーを淹れて、テレビをつける。今日も医療従事者は、命がけで戦っている。コロナ肺炎にはまだ特効薬はなく、ワクチンもない。一般の市民にできるのは、ただ接触を避けて、家から一歩も出ないこと。それに尽きると、口を酸っぱくして各都道府県の知事や医師らが言っている。私も、スーパーへの買い物以外、家から出ていない生活だ。これが一年も二年も続いたら、私たちはどうなってしまうんだろう。

コーヒーを一口啜って、ノートパソコンを開いた。何か書こう。このところ、どんな小説も現実に負ける気がして、書く気が起こらなかった。現実が劇的すぎるのだ。まるで夢でも見ているかのようなシュールさだ。しかし、医療従事者へのトリビュートのようなものを、私もひとつ書こう。

これは私自身の経験である。二十一歳、大学三年生だった。

私には持病があり、内科の神経科にもう長年通っていた。毎日、朝、夕、寝る前と薬を飲む。

二十一歳のある日、寝る前の薬を飲むときに、薬を口に入れて、水を含み、何かの拍子にむせて、薬と水が間違って気道に入ってしまった。私は激しく咳き込み、むせて戻そうとするが戻らず、そのまま薬も水も肺に入ってしまった。あまりの苦しさに、気を失ったようにベッドで横になったまま、意識が遠のいた。肺の中には薬と水が入っている。

母がやって来て、背中を叩いて大丈夫かというが、喋ろうとするとむせてしまう。やっとの思いで、気道に薬が入ってしまい、肺にまで入ったらしいことを伝えると、今は真夜中だから、明日の朝、病院に連れて行くという。私は頷いて、ベッドにそのまま横になり、目を閉じた。

何時間か過ぎ、熟睡している間に、夢を見た。真っ暗な空に赤い太陽が燃えている。太陽が燃えているのに、あたりは真っ暗なのだ。そして、口の裂けた鬼が出てきた。

私はその鬼に見覚えがあった。姿形は全く違うけど、それは中学一年の時に亡くなった、あの優しい祖父が鬼に化けているのだった。私には分かった。そして、その鬼が烈火の如く怒り狂って、私を睨みつけた。

「来たらいけない。まだ、来ちゃいけない。」

私はちっとも怖くなかった。祖父だと分かっていたから。でも、祖父のメッセージは正しく受け取った。私は死にかけているんだ。だけど、まだ死んではいけないって、おじいちゃんがあんなに怒って教えてくれてるんだ。

どうやら熟睡したと思ったのは、苦しみのあまり意識が遠のいて、死にかけたようだ。薬の成分が肺の中で何か悪さをしたのだろうか。息が苦しくて目が覚めた。

朝、なんとか起き上がり、身支度をして、病院へ行く準備をした。朝食なんてとてもとても入らない。息がハアハアと上がっている。肩で息をするようにして、母を待つ。母と車で近所の呼吸器科の専門病院へ行く。

まず、最初にベテランの看護師に、母が叱られた。なぜ、昨夜のうちに救急車で来なかったか、と。母はびっくりしていた。薬の成分が肺の中で作用して、肺が炎症を起こしていたのだ。薬の誤飲による、急性肺炎だということだった。

医師は、肺洗浄というものをしないと命がないと言ったらしい。私は処置室に横にならせてもらって、意識が遠のいていた。肺洗浄というのは、生理食塩水で肺の中を隅々まで洗うのだそうだ。患者は水に溺れる状態になるので、かなり危険らしい。全身麻酔をするようだ。私は入院してオペを受けることになった。

執刀医は杖をついた初老のお医者さんだったそうだ。私は意識のないところへ麻酔を打たれ、知らない間に、その危険なオペをしてもらって、助かった。肺は元どおり、綺麗なピンク色の肺に戻った。

気がつくと酸素マスクをして、病室のベッドに寝ていた。術後の様子を見に、その杖をついたお医者さんが来てくれて、母が挨拶していた。私は酸素マスクをしているので、喋れなかった。

しばらくして、母がリンゴジュースを吸口に入れて飲ませてくれたが、私は思ったより回復が早く、喉の渇きに耐えかねて、それを一気飲みしてしまった。それを見ていた看護師の女性が、

「さすが、若いね!もう心配ないわ。」

と、笑っていたという。

看護師の方々には、本当にお世話になった。丁寧に体を拭いてくれた女性の看護師の方に、とても感謝した。回診に来てくれたお医者さんたちにも感謝しかない。私の回復が早くて、お医者さんは喜んでくれた。私の回復をこんなに喜んでくれる人たちがいるって、嬉しかった。

「元気すぎて、ここでは体力を持て余すでしょう。もう、退院しましょうね。」

と医師が言ってくれた。約一週間の入院だった。

家に帰ると、大学の同期から電話があり、単位を落とさないで済むように、何か協力することはないか、と言ってくれた。ありがたかった。私は、教務課に手続きに行くから、あとでノートを貸して欲しい、とお願いした。

いろいろな人に助けられて、今がある。祖父も、夢の中で急に鬼に化けて、私の命を守ってくれたのだろう。

足の悪いお医者さんは、難しいとされる肺洗浄を見事成功させてくださった。命の恩人だ。お忙しくて、面と向かってお礼を言えなかったのが心残りだ。

今、最前線でコロナウィルスと戦っている多くの医療従事者に贈るトリビュートだ。私なりの感謝を表したかった。二十一歳の若さで命を落としかけ、それを救ってくださった方々に、今一度感謝の気持ちでいっぱいだ。私の人生はあなた方に負うところが大きい。なんて素晴らしいお仕事をなさっていることか。尊敬の気持ちでいっぱいです。

(終わり)

下のリンクをタップしてくださると嬉しいです。

<a href=”https://blog.with2.net/link/?1994529″>人気ブログランキングへ</a&gt;